JESAコラム 第49回
再生可能エネルギーが大量に導入された時の水素製造、輸送、貯蔵
東京電機大学 西川尚男
現在市販されている家庭用燃料電池はインフラが整備されている都市ガス(メタンガス)を燃料電池装置内の改質器へ燃料として導入して水素を生成し、それを燃料電池へ送って発電している。工業的に大量に水素を製造する時も大型の改質器を使ってメタンガスから水素を製造することが多く、水素製造の原理は家庭用燃料電池の改質器とほぼ同じである。
再生可能エネルギーが大量に導入された時、再生可能エネルギー電源で水電解により水素を製造する方法が今後広く普及するものと思われる。その原理は図1に示すように固体高分子形燃料電池の逆の反応、すなわち燃料電池では水素と酸素(空気中の酸素)から電気と水を生成するのに対し、水電解では水と加えた電力により、水素と酸素を生成するため、CO2を発生させないクリーンな水素の製造が可能となる。これまで開発された水電解装置による水素製造のデータから1Nm3の水素を製造する時に必要とする電力量は約4.5kWhで、その時の水素製造効率は約80%に相当する。
図1 個体高分子形水電解の原理図
以下では大量の水素を再生可能エネルギー(ここでは風力発電)によって製造する時の課題、すなわち量的に十分な水素が得られるかどうかを検討してみる。一例としてアルゼンチンのパタゴニア地方は広大で風速の大きい偏西風が得られるところで、そこで得られた風力発電による電力量でどの程度の水素量が製造できるかを検討してみる。
この地方の年間平均風速は11.5m/sのため、開発可能な発電出力は23億kWで、年間の総発電量は9.7兆kWh/年となる。この時の水素製造量は上記の数値を使うことにより2.2兆Nm3/年と推定される。一方我が国で使用される1年間の総電力量は約1兆kWhであり、実用化されている200kWリン酸形燃料電池の実績データをもとに我が国の総発電量に対し必要とする水素量を推定すると7600億Nm3/年となる。この量はパタゴニア地方の風力発電で十分対応可能な量と言える。
引用:川崎重工業:https://www.khi.co.jp/hydrogen/
図2 大型液化水素運搬船(イメージ)貨物槽容積40,000㎥/基×4基
次に輸送方法、貯蔵方法について検討してみる。現在広く行われているのが液体水素の利用である。温度を氷点下253℃にすると水素ガスは液化し、体積は常圧ガスの約800分の1に低減する。海外から我が国へ水素を運ぶ場合は液体水素にして図2に示す水素輸送船により、一方運ばれた液体水素を我が国で貯蔵する場合は図3に示すように大型のタンクを用いることにより可能となる。このような輸送方法及び貯蔵方法については実現に向けた開発が着実に進められている。
図3 50000㎥液体水素タンク
一方液体水素とは別の方法も検討されている。それはベンゼン、ナフタレンなどのアロマ体(芳香族炭化水素)に水素を貯蔵して有機ハイドライドに変換して輸送・貯蔵に利用する方法である。有機ハイドライトとアロマ体の関係を図4に示す。
図4 有機ハイドライドからの水素生成と反応熱
アロマ体をニッケルや白金触媒を使い常圧から10気圧、温度を150~200℃付近で反応させて水素を大量に含むシクロヘキサン、デカリンなどの有機ハイドライトへ変換し水素を貯蔵する。これらは1Lのアロマ体に500~800Lの水素を貯蔵することができる。有機ハイドライドを白金触媒の下で150℃以上に加熱すると水素が発生し、元のアロマ体に戻る。なお有機ハイドライドを利用した水素輸送システムの例を図5に示す。有機ハイドライドは軽油並みの貯蔵・輸送が可能な液体であるため取り扱いが容易である。
図5 有機ハイドライドを利用した水素輸送システム
図6に示す世界の太陽光、風力発電の潜在量から、再生可能エネルギーは化石燃料から大量な電力を得る従来の電源に替わる十分なポテンシャルを有する電源であるといえる。但し再生可能エネルギーで発電し、その発生した電力を直接需要家へ届けるとき、発生電力と消費電力にアンバランスが生じ停電発生の要因となる。その解決策として、余剰再生可能エネルギーで水素を製造し、水素を貯蔵し、従来の化石燃料と同じように水素を燃焼させ、需要に見合った発電をすることにより、安定した電力供給が可能となる。水素は発電源として燃料電池や水素タービン発電に使用されるのみならず、輸送手段として燃料電池車などに利用することも可能なため、地球温暖化抑制にはなくてはならないエネルギー源と言える。着実な水素社会の実現を期待している。
図6 世界の太陽光・風力発電の潜在量(数値:%表示)